「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第145話
最終章 強さなんて意味ないよ編
<結論ありきだよね?>
「アルフィン様。王国との戦争についての報告はここまでなのですが、実は一つ知恵をお借りしたい事があるのですが」
「知恵を?」
一通り蘇生魔法の話で盛り上がった後、ライスターさんからこんな事を切り出されたんだ。
「はい。実は我が部隊にいたユリウス・ティッカの事なのです」
「えっと、確かヨアキムさんと一緒に戦争に行った若い兵士さんの事よね? って事は」
「はい。あの戦争での辺境候閣下の魔法を見て、少々情緒不安定になっておりまして」
ああ確か彼はヨアキムさんと違って冒険者上がりでは無いって話だったし、後方支援や補給が主な任務だと言っていたからイア・シュブニグラスの作り出した山羊とその後の辺境候による経験値吸収を見て心を病んでしまったのね。
「そう。でもごめんなさい。私は傷や病気を治すことはできても、心に関してはどうする事もできないのよ」
記憶そのものを消してしまって、その恐怖体験を無かった事にする事はできる。
でもそれはその人の人生の内の一定期間を奪う事でもあるし、なによりその記憶の空白によってまた新たな傷が生まれないとも限らないのよね。
なにせ戦争からすでに結構な時間が経ってしまっているから、その間に負った不安による心の傷まで消すとなると空白期間があまりに長くなってしまうのだから。
「心に負った傷に関しては魔法ではどうにもならない事は私も知っています。ですから、彼の不安を取り除いてほしいと言う話ではありません」
あら違うんだ。
なら何の相談なんだろう? いや、そう言えば相談じゃなくて知恵を貸して欲しいって話だったわよね。
「実は今回の事で兵士と言う仕事が怖くなったようでして、ユリウスは除隊する事になりました。この様な場合、普通は出身の村に帰ることが多いのですが、今回はそうできない事情がありまして」
「事情? 村に帰っても暮らしていけないとかですか?」
村自体が貧しかったり、荒地にある村で辺りの畑を作れるような場所は開墾しつくしてしまった為に今以上に人口を増やす事ができないなんて話はよく聞く。
もしかしたらティッカ君の住んでいた村も同じようなところなんじゃ無いかな? それならシミズくんとその眷族を派遣すればお金なんて無くっても簡単に開墾できるし、たとえ本来なら農地に向かない場所だったとしても強引に畑にしてしまえるから、それでなんとかなりそうだけど。
そんな事を考えながら話を聞いたんだけど、実はそうじゃなかったみたいなのよね。
「いえ。ユリウスが生まれた村はこの近辺でも比較的大きな村ですし、彼の実家も出兵前にわざわざこのイーノックカウまで激励に来られるほどお金に余裕がある村の名士に当たります。だからこそしっかりとした教養を身につける事が出来たし、そのおかげで計算や書類仕事が中心の後方支援と言う仕事に着くことが出来たんですよ」
「あら、それなら村に帰っても何の問題も無いよう無いがするのですけど」
「はい。村に帰っても生活すると言う面でいえば何の問題も無いでしょう。では何故ユリウスが村に帰れないかと言うと、それは村で飼われている山羊が原因でして」
山羊? ああなるほど、確かにそれでは村に帰る事はできないわね。
イア・シュブニグラスが生み出す黒い魔物は子山羊の様な声をあげながら暴れまわる。
その姿を見、その声を聞きながら辺境候閣下の光の玉吸収を見て心を病んだティッカ君からすれば、山羊の鳴き声を聞くだけで震えが止まらなくなったり、吐き気を催したりしてもおかしくは無いだろう。
「そっか、確かにそれじゃあ村に帰るわけには行かないわよね」
「そうなのです。ですから我々としても除隊せず、配属を変えて街の中での仕事をしてはどうかと言ったのですが、兵士詰め所では日々訓練が行われている為に剣戟の音がどうしても耳に入ります。それが戦場を思い出させて負担になっているそうでして」
精神的に参っているのであれば、そんな事でさえ負担になるって事なのか。
なんとか軽減させてあげたいけど、こればっかりはなぁ。
一度そのような物から離れて、ゆっくりと心安らかに過ごすしか方法は無いのかもしれないわね。
「なるほど。ではティッカ君の心の傷がいえる場所がどこか無いかって言う相談なんですね」
「あ〜、そうと言えばそうなのですが、違うと言えば違うとも言えます」
はて? 今までの話の流れからするとそうとしか思えないんだけど。
「どういう事でしょう。ティッカ君をどうにかしてあげたいと言う話なのではないのですか?」
「はい、ユリウスを何とかしたいのは確かです。ただ少し違うのは何とかしたのが彼1人では無いと言う事なのです」
ライスターさんが言うには、今回イーノックカウから戦争に参加した者の内、結構な人数がティッカ君と同じような状況に陥っているようなんだ。
でも牛や馬と違って飼うのにそれ程人の手が要らず、値段も手ごろで繁殖力もある山羊は殆ど全ての村が飼っているからその人たちも村に帰る事はできない。
ならば他の仕事につけばいいかと言うと、そう簡単な話では無いらしいのよね。
「まだユリウスは書類仕事ができますから、条件があまりいいとは言えませんが職が無いわけではありません。しかし兵士の殆どは体力に自信はあっても、その他の事は何もできない者が多いのです。そんな奴らが数多く除隊する事になったので本当に困ってしまっているんですよ」
「なるほど。だから相談ではなく知恵を借りたいという話だったんですね」
ティッカ君1人ならそれ程難しい話じゃない。
いま城のメイドが担当しているレストランやアンテナショップの事務や会計をやってもらえばいいだけの話だからね。
でもそれなりの人数が除隊するとなると流石にうちだけで雇用はできないし、残った多くの失業者たちをどうしたらいいかって考えると、この街の上層部も頭が痛いでしょうね。
「はい。それにこの話はこれで終わりでは無いんですよ」
「えっ、まだ何かあるんですか?」
「ある意味当たり前の話ではあるのですが、今回の戦争で除隊する兵士がいるのはイーノックカウだけではありません。あの戦争に参加した6万人の兵士の内、3500名以上、全軍の約6パーセントもの除隊者を出しそうなのです。そしてその内の少なくとも3分の1はこのイーノックカウ周辺へと流れてくると予想されています」
何故そんな事に?
バハルス帝国は大国であり、その国土も広い。
それだけに除隊した人たちがある程度出たとしても、その多くは拡散してしまうのが普通だと思うんだけど。
だから私は何故そんな事になると予想されているのかをライスターさんに問い掛けると、彼は苦笑いしながらこう言ったんだ。
「みんな怖いんですよ、辺境候閣下が。だから少しでも遠くへ、戦場であり閣下が自らの領地であると主張するカッツェ平原やエ・ランテルから離れたいのでしょう。そう考えた場合、帝国の東の果てにあるこのイーノックカウは彼らにとって安住の地のように思えるのではないでしょうか」
「そっか、そう言えばロクシー様も戦争からの疎開でこのイーノックカウに滞在していたんでしたね。この国の国民がカッツェ平原から離れようと考えた時に、真っ先にここを思いついたとしてもおかしくは無いかもしれません」
でもだからと言って、はいそうですかと受け入れるわけには行かないだろう。
いくらこのイーノックカウが大きな都市だと言っても、いきなり1000人以上の、それも職も持たない人たちを受け入れられるはずが無い。
それだけの人数となると消費する水や食料も莫大な量になるし、なにより住む家が無いのだから。
「だから知恵が借りたいか。それでフランセン伯爵はなんて言ってるの?」
「イーノックカウの部隊から除隊する者たちはともかく、帝都方面から来る者たちは流石にこの街で受け入れるわけには行かないそうです。ですから途中の町や村、近隣の都市がある程度受け入れるようにして欲しいと中央に書簡を送っているようなのですが、そちらも・・・」
「ああ、残りの3分の2の一部が流入してくる事になるんのでしょうから、手が回らないと返答がきたんですね」
「はい」
さて、どうしたものか。
このままでは難民と化した元帝国兵士たちが、イーノックカウの防御壁周辺で立ち往生って事になりかねない。
もしそうなったりしたら辺りの村からこの都市に届く物資の搬入が滞る事になりかねないし、最悪の場合その兵士たちがその人たちを襲う野盗になるかもしれないのよね。
「伯爵様もかなり頭を痛めている様子です。この近辺の村も当然山羊は飼育しているのでそちらに割り振るわけにも行かず、かと言って邪魔だからと討伐するわけにも行かないですし」
「それはそうよ。仮にも帝国兵士だった人たちでしょ? 今は心を病んでしまっているからイーノックカウ駐留の軍だけでも蹴散らせそうではあるけど、流石にそんな非人道的な事は許されないわ」
「解っています。ですから困っているんですよ」
う〜ん、一番いいのはイーノックカウで一旦受け入れて、その後どこかに移り住んでもらうことなんだろうけど。
いくら1000人を超える人数とは言っても一月や二月くらいなら滞在させる事は可能だと思う。
ここは仮にも衛星都市なんだから宿もあるし、最悪中央公園にテントを張ったりしてそこに一時的に押し込んでしまえばいいんだから。
でもここで問題になるのはその受け皿よね。
「どこか山羊を飼っていない村とかは無いの?」
「無いでしょうね。山羊は縄張り意識が強い動物で畑に放って置けば勝手に害獣を排除してくれる便利な家畜ですし、乳にも滋養がありますから重宝される家畜なんですよ。それに牛や豚より安いですから、山羊を飼っていない村なんて想像もできませんね」
となると新しく作るしかないわよねぇ。
そう思ってライスターさんの方を見ると・・・ああ知恵を貸して下さいじゃなく、何とかしてくださいって顔ね。
そっか、初めからそのつもりだったのか。
でも流石にそうは言えなかったから、知恵を貸してくださいなんて言い方をしたのね。
それならそうと、初めから言ってくれればいいのに。
「で、それはあなたが考えたの? それとも誰かの入れ知恵?」
私がそう問い掛けると、ライスターさんはにやりと笑う。
その顔は、解ってもらえると信じてましたよと言わんばかりだったのよね。
そして私の問いに対して、正確に返答をしてくれたんだ。
「フランセン伯爵様を筆頭にイーノックカウの貴族たちが話し合い、どうにもならないからと帝都に泣きついた所、ロクシー様がアルフィン様なら何とかしてくださるわとの手紙を寄越したそうです。曰くイングウェンザーのレストランや甘味処をバハルス帝国に全国展開する為には、どのみち生産拠点を作らないといけないでしょうから、あのお方ならうまく活用してくださるでしょう、との事です」
そっか、ロクシー様が。
でも解ったわ。
関係ないと言ってしまえばそれまでだけど、同じ元プレイヤーが起してしまった不始末ですもの、私が引き受けましょう。
「仕方ないわね。でも流石にすぐには無理よ。準備が要るもの」
「はい、解っております。ですからすでに当面の間、イーノックカウに流入した者たちを滞在させる為の場所の検討に入っております」
まぁ、この話を持ってきたって事はそうでしょうね。
なら後はどこに村を作るかって事だけど。
「カロッサ子爵には了解は取ってるの?」
「子爵様にですか?」
「あら、新たに村を作るのなら私の城から一番近いカロッサ子爵の領地に作るのは当たり前でしょ?」
まさかこのイーノックカウのすぐ近くに作るなんて考えてなかったわよね? そう思ってライスターさんに話すと、彼はかなり意外な顔をしたんだ。
「バハルス帝国内に、新たな村を作ってくださるのですか?」
「えっ? だって元帝国軍の兵隊さんたちの村を作るんでしょ? なら当たり前じゃないの」
何を言ってるんだか。
私はそう思って笑いながら返したんだけど、どうやらあちらはそうは考えていなかったみたいなんだ。
「今回は都市国家イングウェンザーの力によって何も無いところに一から村を作るのですから、この様な場合は都市国家イングウェンザーの領地になるのは当たり前の事です」
「でもそこに住むのはバハルス帝国の元兵士であり国民なんでしょ? ならそれっておかしくない?」
「この場合は難民ですからね。」
ライスターさんは笑いながらこう話す。
難民がよその国に流出したり流入したりするのはよくある事だと。
「確かに今現在はまだバハルス帝国の国民ですが何かを生産して国に税金を払う存在では無いですし、むしろその税金を浪費させる存在になっています。ですがアルフィン様が村を開き、そこで働いて生産された品物を帝国に輸出してくだされば関税が入りますし、その食材を使って帝国内に店を開いていただければそこからも税金が発生して帝国が潤うのですから、こちらとしてはどちらでもいいんですよ」
「そんなものなの?」
確かに税金は払ってないだろうし、難民として滞在し続ければ炊き出しとかでかなりのお金は使わなければならなくなるとは思うわよ。
でも、つい先日までは帝国兵士として働いてくれてたんだから、どうでもいいと言うのは流石に、ねぇ。
「そんなものです。それに考えても見てください。新たに土地を開墾して村を作るとなるとそれこそ莫大な金がかかるんですよ。それを変わってくださるのですから、これが敵国に流出すると言うのならともかく、同盟国相手なら1000人くらい喜んで差し出しますよ」
なるほど、そのお金と労力を此方に押し付ける代わりに村の権利をお譲りしますから、建設をお願いしますって訳か。
うん、それなら納得。
どちらにしろこの難民状態の元兵士たちの受け入れ先は作らなければいけないんだけど、そんな予算は無いからそれができる人に丸投げする代わりに、その対価として国民を差し出したって訳か。
乱暴な話ではあるけど、戦後であまりお金の無いバハルス帝国としてはこの元兵士が野盗に化けたりリ・エスティーゼ王国やスレイン法国に流れるよりは、私たちが村を建設して引き取ってくれるのが一番と結論付けたって事ね。
それに私たちとしてもレストランや甘味処を全国展開するのなら生産拠点は必要だもの。
そう考えるとこの申し出は願ったり叶ったりよね。
ん? 全国展開!?
「ちょっと待って! さっきロクシー様からの手紙にはレストランや甘味処の全国展開って書かれてたの?」
「ええ。アルフィン様はそうお考えのようだから、人手は必要と考えてお受けくださるでしょうとの事でしたが」
「そんなの初耳よ。そりゃ、帝都には出すって話はロクシー様としましたけど」
何故かその話が全国展開にまで広がっちゃってるし。
こんな話がもし事実のように広まってしまったら大変だ、きちんと否定しないと。
「そんな話はまだ・・・」
「ああ後ですね、皇帝陛下からもできれば酒類もその村で生産して、バハルス帝国に輸出してもらえるとありがたいとのお言葉を受け取ったとも書かれていたそうですよ」
陛下、あなたもですか。
この話を聞いて、もう後戻りはできないんだなぁと思い知らされるアルフィンだった。
あとがきのような、言い訳のようなもの
と言う訳で、都市国家イングウェンザー初の領地として村が開かれることとなりました。
都市国家なのに別の領地があるとはこれ如何に。
この村、ボウドアの村やエントの村との間にはすでに道が整備されているし、交流するのも簡単でしょうから意外と速く発展するかもしれませんね。
それに伴って大きくなる二つの村。
カロッサさん、子爵からもっと上の爵位になってしまうかも。
さて、長かったこのボッチプレイヤーの冒険も次回で完結です。
もしかするとその後に後日談的な物を書くかもしれませんが、あと少しの間お付き合いいただけると幸いです。